海上のGPSなりすまし:世界地図上の31のホットスポット
2025年5月、7万5,000トンのコンテナ船MSCアントニア(MSC Antonia)が紅海で座礁した。この事故はGPSなりすまし(GPS spoofing)によるものとされた。何者かが本物より強い偽の衛星信号を発信し、船の受信機に間違った位置を計算させたのだ。信号を単にさえぎる妨害(ジャミング)とは違い、なりすましは機器を正常に見せかけたまま嘘をつかせる。船は5週間以上も座礁したままだった。
民間の衛星航法信号は、暗号化も認証もされていない。なりすましは、管理された試験で自動車、ドローン、船に対して実証されてきた。だが、世界の海でどれほど広がっているのか。それを測定した人はいなかった。
どの船も自分の居場所を告げている
総トン数300トンを超える船とすべての旅客船は、AISトランスポンダーの搭載が義務づけられている。AISは船の識別情報、GPS位置、速度、針路を発信する。ジョージア工科大学のアンナ・レイメイカー(Anna Raymaker)、ラヒーム・ベヤー(Raheem Beyah)らは、スパイア・グローバル(Spire Global)社の世界規模のAISデータを使った。これは2024年11月下旬から2025年2月上旬にかけて衛星と地上局が収集したもので、36万7,000隻を超える船を含む。さらに、照合のために2つの公開された地域データも使った。
彼らの手法は2段階で動く。
- 船ごとに、古典的な予測手法であるカルマンフィルタが、各船が次にどこにいるべきかを推測する。陸上の位置、60ノットを超える速度、予測から5キロメートル以上の跳躍には印がつけられる。エピソードとして数えるのは、30分間のうち少なくとも70%の点が異常な場合だけだ。
- 船をまたいで、各エピソードを「跳躍線」に変換する。多くの独立した船の線が同じ領域で交差するところに、チームはゾーンを見いだす。1隻の船だけに影響する異常、つまりトランスポンダーの故障、使い回された識別番号、意図的な自己なりすましなどは除外される。
なりすましが知られていない、世界で最もにぎわう22の港で試したところ、この手法が印をつけた船の割合は中央値で0.1%未満、最大でも1%を超えなかった。
円、直線、そしてテレポーテーション
調査では、2,663隻の船で17,936件の異常なエピソードが見つかった。物理的にありえない航行の合計は31,328時間にのぼり、それらは31の持続的なホットスポットにまとまる。少なくとも22か所では、なりすましの強い証拠がある。13か所は独立した報告と一致し、9か所はこれまで報告されたことがなかった。
偽の航跡は4つの形をとる。
- 円。船が固定点の周りをぐるぐる回っているように見える。黒海と東シナ海で最も多い。
- 長さ数十キロメートルの直線。全体で最も頻繁なパターンだ(14ゾーン)。
- 収束。ガザ沖の数十隻の船が内陸へ「テレポート」させられ、ヨルダンのクイーン・アリア空港の上に現れた。
- 不規則な跳躍。
黒海のゾーンは最も持続的で、しきい値によって902隻から2,297隻の船に影響している。その中には、ソチ沖での記録がほとんど読み取れなくなったクルーズ船もある。ポートスーダン付近では、チームはMSCアントニアの偽の航跡と小数点以下5桁まで完全に同じ緯度にある直線の偽の航跡を見つけた。それは2025年1月、座礁の5か月前のことだった。ホルムズ海峡では、2025年初めの時点で持続的ななりすましがすでに現れている。
より意外なのは、紛争と無縁の海域だ。12月31日、メキシコ湾の200隻近い船が、南北と東西の線に沿っていっせいに跳躍した。この出来事はアメリカの公開データにも現れている。カナリア諸島の周辺でも、繰り返し起こるエピソードが見られる。
武器か、副作用か、隠れみのか
著者らは多くのゾーンを紛争と結びつけている。ガザ近くの防空システムや、黒海での軍事活動だ。また、16〜215隻の制裁対象船を見つけた。そのほとんどはタンカーで、おそらく自らの位置を偽っていた。たとえば、ウラジオストク近くで内陸の偽の位置を示していたタンカーがある。著者らは慎重に、これらの結びつきを仮説と呼んでいる。AISが記録するのは船が計算した位置だけなので、電波の測定なしには発信源の位置を特定したり、誰の仕業かを突き止めたりすることはできない。
彼らの集計は下限値だ。短い、小規模な、あるいは1隻だけのなりすましはこの手法をすり抜ける。しかも対象はわずか10週間である。それでもゾーンは同じ場所に、同じ形で繰り返し現れる。だからこそ、船乗りが航行する前に警告するリスクマップをつくれるほど予測可能だ、とチームは主張する。大型船が停止したり急旋回したりするには1〜2海里が必要なので、偽の位置に気づくのがわずかに遅れただけでも、座礁や衝突につながりかねない。
